さよなら、ちいちい
奥沢に平松という理髪店があった。いまは代が変わってヘアーサロンヒラマツという。そこは私の祖父の代から三代にわたって行きつけの店だった。
私は子供の頃、床屋が嫌いだった。でも平松はは子供用の椅子が木馬みたいで、私はそれを気に入っていたらしい。お馬さんの床屋にいくよ、って連れて行かれた。奥沢は田園調布のそばだから、金持ちのお坊ちゃん向けにそんな椅子を置いていたかもしれない。まあウチは祖父の代で没落してますが(笑)
さて、時は流れて会社員時代の日曜日。ヒラマツにいくと、レジの壁に地井武男さんの写真や新聞雑誌の切り抜きがたくさんはってあった。店主が急にファンになったかと思いつつ、それにしても店に記事を貼るかと不思議に思って、
「なんで地井武男の記事を貼ってんの」と聞いてみた。
すると鏡の中の店員が隣の席を示した。
地井さんが座ってた。
すごく気まずかった。
終わるまで黙っていて、そのまま店を出た。
いや、私が洗髪している間に、地井さんが終わってお帰りになられたかもしれない。
あの頃は「ちいさんぽ」が始まる前で、地井武男さんがあんなに気さくな人だとは知らなかった。もし知っていたら。あるいは当時の私が今みたいに図々しかったら、お詫びしつつ何か話したと思うんだけど。
しばらくして、私はヒラマツに行かなくなった。丸刈りを好むようになって、1,000円散髪で済ませてしまうからだ。
ちいさんぽが始まってずいぶん立った頃、そのスタッフの方と知り合った。毎日、録画で拝見しつつ「どこかの散歩ロケで会えたらいいな、会ったら、あの時の失礼をお詫びしたいなー」なんて思っていた。多分彼は忘れていると思うけど。
でも、その望みは叶わなかった。
ちいさんぽのスタッフさんからメールが届いた。
ちいさん、天国に散歩しに行っちゃいました。
いつか、あちらで会えたら、その時こそ。