【読書】悪魔の種子
茨城県霞ヶ浦で他殺体が発見される。身元は長岡の農業研究所の職員だった。死体発見者は水産試験場の職員だった。その少し前に、茨城県の農業研究所の職員が秋田県で殺された。容疑者にほのかな恋心を寄せる女性は、無実を信じて親友に相談する。「あなたの"お坊ちゃま"に助けてほしい……」。"お坊ちゃま"こと浅見光彦は、お世話になっているお手伝いのスミちゃんのため事件現場へ。二つの事件が結びついたとき、水稲の品種改良にかかわる黒い動きが姿を現した!
浅見光彦シリーズは、ヒロイン役と光彦の絶妙な距離感がお約束。実は刑事局長の弟、という挿話も定番だ。寅さんと水戸黄門の要素を現代の推理小説に持ち込んだわけだから、人気シリーズになるのも当然。ところが今回はヒロイン不在。序盤に登場するスミちゃんの親友がそうかな、と思うけれど、彼女には心に決めた人がいる。浅見の身元は早々にさらりと明かされる。だから捜査しやすいったらありゃしない。
今回の事件の背景には品種改良と遺伝子操作技術の是非をめぐる問題がある。殺人事件を捜査していたら、とんでもない巨悪を引き当ててしまう。浅見光彦シリーズにときどき出てくるパターンで、警察と浅見の巧みな連携で事件を解決していく。ストーリーとしては浅見シリーズ定番の、「離れた場所の事件がくっついて光彦が東奔西走で解決」パターンだ。しかし、このパターンは面白い。ワクワクする。いろんな知識も身に付くし。
序盤は米の品種改良について、コシヒカリ誕生の経緯から話が始まる。開発者の苦労や孤独、純粋な研究心。そして、その研究で利益を上げようとする人々との葛藤について詳しく書かれていて、なるほど、こういう状況なら殺人事件が起きても不思議はないな……と読者に思わせる。そこが作者の意図だ。欲が絡むと人が死ぬ。この問題に対する強い警鐘だと思う。社会派作品としてためになる。
もしかしたら、今回のヒロインはスミちゃんかもしれない。そう、このシリーズは、スミちゃんと光彦の煮え切らない関係も楽しみのひとつだ。今回は"お手伝い以上"の役柄となったスミちゃんは、果たして関係を進められるか……というお楽しみもある。
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