【読書】風の盆幻想
富山県、越中八尾で開催される「おわら風の盆」。関東ではあまり知られていないけれど、近畿地方では有名な祭りだ。物悲しい胡弓の調べにあわせて、たおやかな女踊り、力強い男踊りが街を流れて行く。その魅力的な風情に浸ろうと、なんと25万人もの観光客が訪れるという。しかし、規模が大きくなるほど当初の風情は薄れていく。街の経済のために祭りを発展させようとする動きと、元の姿を維持しようとする動きがぶつかり始める。そのさざ波のようなせめぎあいのなかで殺人事件が発生。町に波紋を広げていく……。
浅見光彦シリーズとしては異色の作品。まず浅見に憧れ、ほのかな恋心を抱くヒロインがいない。「実は刑事局長の弟です」「ええっ!」もない(笑)。浅見は初めから事件解決に乗り込む探偵として現地に向かう。小さな町の素封家同士の対立の構造や、その対立によって引き裂かれた恋人同士、という設定は、どちらかというと横溝正史っぽい雰囲気。もしかしたら、執筆当時生誕100年だった横溝へのオマージュかもしれない。
前段の風の盆の成り立ちや勢力の対立の構図の部分から力が入っている。対立の構図は誇張したものだと思うけれど、その設定を立ち上げておいて、ロミオとジュリエット的な悲恋を設定した。その結果、舞台の情景描写が精密で、登場人物たちも魅力的で引き立っている。序盤から風の盆に行きたくなってしまう。フィクションとは言え、こんな対立構造をリアルに描写していいのかな、と思うけれど、そこはちゃんと結末で責任を取ってあって、その場面も感慨深い。読み終わってまた「風の盆に行きたい」と思わせる。
複雑な人間関係と、人間の欲深さと儚さ。それを「風の盆」とダブらせているようで、とても情緒深いミステリー小説になった。浅見光彦シリーズって、ときどきダレちゃってる。「意外な場所を転々と駆けずり回って、恋に落ちそうで落ちなくて、なんとなく犯人が出てきた」みたいな展開も多い。しかし本作は別。シリーズの上位に入れたい。
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