すぎやまの日々

鉄道&Eスポーツライターの日常とか。

迷走の塔2

なんだか妙なことに巻き込まれた気がする。しかし、疑問に思ったことは答を知りたい性分だ。剛は老夫婦を連れて多摩中央警察署に向かった。老夫婦の歩く速度に合わせようとするが、ついつい距離が開いてしまう。剛はトレーナーの袖で額の汗を拭いた。まだ2月とはいえ、日中はかなり暖かくなっている。
「またあんたたちか」
警察署の入り口で作業着姿の男が言った。長い棒を持っているところから察するに、彼は刑事なのだろう。警察の入り口はこんな風に門番の男が立っていることが多い。それが制服だったり、私服だったりするけれど、規則としてはどうなっているのだろう、と剛は思った。いけない。また疑問の種がわいてきた。
「またって、前にも来たんですか、この方たち」
老夫婦は剛の背に隠れている。
「あなたは誰ですか」
「えーと、秋山剛といいます」
「この人たちの、何だね」
「関係はですねぇ、うーんと、依頼人、かな」
「なにぃ」
「あ、職業はフリーライターなんですよ」
「なんだと」
「いえ、アノ、ライターといっても週刊誌とか事件ものじゃなくて、ゲームの攻略とかパソコンの豆知識とか、そういうやつで」
「ふーん、で、用件は」
「はい、堺珠男さんの死因を知りたくて」
「あれは自殺なんだよ。こちらの親御さんには何回も説明したんだ」
「そうですよねぇ。でも納得されないんですよ」
「まったく……」
「あの、事件のご担当の方は」
この刑事が、境の両親に何かひどい言葉を言うのではないかと案じて、秋山は言葉を遮った。しかし彼は言った。
「私だよ」
「あっ、そうでしたか。それはよかった。ではちょっとお話を聞かせて頂けませんか」
「……」
「自殺なんですよね」
「そうだ」
「でも、この人たちは納得していないんです」
「そうらしいな」
「納得させてあげましょうよ」
「え」
「だから、自殺だと納得させてあげませんか」
そこに、ちょうど制服の警官がやってきた。
「糸田さん、お客さんでしたら自分が立ちます」
「ああ、頼む」
糸田の足がようやく動いた。秋山たちに、ついてこい、という仕草だ。しかし、警察署には入らず、警察署と郵便局の間の道を歩いて、ビルの1階にあるラ・フレーサという喫茶店に入った。ずんずんと奥に入り、いつもここだと言わんばかりに座った。秋山と堺夫妻もそれに続いた。
「オレはコーヒー。この人たちとは別の伝票で」
秋山はコーヒー、老夫婦にオレンジジュースを頼んだ。なんだか、つかみにくい相手だな、と秋山は思った。ふだんのインタビュー取材の相手は誰もが好意的だ。今度の相手は気まぐれなアイドルタレントよりも手強い。
「依頼人、と言ったな」糸田は秋山をじっと見据えている。
「はい。依頼されてしまいまして」
「なんの依頼だ」
「堺さんの死亡理由を知りたいんです」
「だから自殺だと言ったろうが」
「そ、そうですね。でも、ちょっと意味が違うんですよ、ご両親としては、息子が自殺したとは信じられないそうです」
「そりゃ自殺した子供の親なんてみんなそうさ」
「でも、自殺って死亡の理由ではありませんよね」
「なにぃ……」
「えーと、自殺というのは、死の分類のひとつですから、病死とか事故死とか、自殺ですよね」
何が言いたいんだ、と糸田は秋山を睨み返した。
「つまりですね、病死の理由には病名があって、事故死の理由には事故の原因がある。自殺にも原因や理由があるんじゃないかと」
「ふーん」
「それを説明したら、こちらさんも納得できるんじゃないかな、って」
「そんなものは知らんよ」
「え、知らないんですか」
「ああ、遺書にも詳しく書いてなかった」
「それ、私も見ました。すべてワープロというか、パソコンで印刷した奴ですね」
「そうだ」
「あんなもの誰だって作れますよね。サインもないし」
「だから自殺じゃない、他殺だ、とは言えんだろ」
「では、自殺の原因を捜査しなかったんですか」
「するわけないだろっ」糸田の語気が荒れてきた。
「理由のない自殺なんて、だいたい他殺ですよ」
「なんだとっ」
「ち、ちょっと聞いて、お願いだから聞いて」
「早くしろ、オレは忙しいんだから」
「2時間ドラマじゃ常識でしょ、放送開始30分くらいまでに飛び降り自殺する人って、絶対に殺されてますよねぇ」
「テレビドラマと現実を一緒にしちゃあダメだろう」
糸田は剛を諭すように言った。
「刑事さんは死にたくなったことないですか」
「ないね」
「僕はありますよ。何度も」
「弱いからだ、ここが」糸田は心臓のあたりを手のひらで叩いた。
「死にたくなったときに、飛び降りたりするかなあ、と思いませんか」
「飛びたくなるんじゃないのか。心が病んでいる場合は特にな」
突然、境の母親が嗚咽を始めた。父親がそれをなだめる。
「いえ、珠男さんは心身共に健康だったそうですよ、病んでいるなんてひどいですよ」
その言葉に、糸田は一瞬、しまった、という表情を見せた。
「病んでなくても、衝動的に、ってこともあるだろう」
「あ、刑事さん、私は秋山ですけど、お名前は……」
「糸田だ。イトダ」
「はい、糸田さん、ぼくはこう思うんです。自殺って、他の死に方と違うところがあるんです、なんだと思いますか」
「自分で死ぬ、自分の意志で死ぬ」
「そう、そうなんですよ。あらゆる死に方の中で、唯一、自殺だけが自分の死に方を決められるんですよね。すごいですよねソレって」
「うーん、そうだな」
「それで思うんですが、自殺したい人が、なんでわざわざ、痛くて怖い飛び降り自殺を選ぶんでしょうか」
「ほう……」
「僕は痛いのは嫌だなあ。睡眠薬や、練炭で一酸化炭素中毒とか、痛くなくて、穏やかな方法で死にたいですよ」
「まあ、それはそうだろうな」
「どうです。再調査したいと思いませんか」
創作 | comments (4) | trackbacks (0)

COMMENTS

つっちぃ | 2006/03/06 16:12
ドキドキ…
続きはいつだろう。
すぎやま | 2006/03/06 22:18
もうね。つっちぃ様のために完結させますよ。年内に。
つっちぃ | 2006/03/07 16:54
ヤッター!!!
初版はハードカバーで50万冊行きましょう。
どーんと!

あと直木賞にも応募。
すぎやま | 2006/03/10 08:33
夢はでっかく持たないといけませんね。
ノーベル推理小説賞を目指します。
……ないか(笑)。

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