煙草
テーブルの上に煙草があった。
緑色の箱。メントール系の軽い奴だ。週末に友人達が遊びに来て、そのうちの誰かが忘れていったらしい。私はそれをそのままテーブルに置いておいた。持ち主が取りに来れば返せばいいし、持ち主も次に遊びに来たときまで預けておくつもりだろう。忘れたふりをして、ひとりで来る女、というわけでもなさそうだ。もっとも、私は煙草を吸う女に惚れることはない。
緑色の箱。メントール系の軽い奴だ。週末に友人達が遊びに来て、そのうちの誰かが忘れていったらしい。私はそれをそのままテーブルに置いておいた。持ち主が取りに来れば返せばいいし、持ち主も次に遊びに来たときまで預けておくつもりだろう。忘れたふりをして、ひとりで来る女、というわけでもなさそうだ。もっとも、私は煙草を吸う女に惚れることはない。
私は26で煙草を吸い始め、28でやめた。遅い煙草デビューだが、気管支が弱いので、もともと煙草に興味がなかった。吸い始めたきっかけは、ハードボイルド小説を読むようになったからだ。登場人物のひとりがゴロワーズを煙草を吸っていた。だから私もゴロワーズを吸った。不味かった。それでも2年間、吸っていた。煙草を吸う女と付き合っていたからだ。
今日は遅くまでふたりの女友達と飲んで、私にしては珍しく酔った。私は酒もあまり飲まない。これも体質に起因していた。それでも飲み会やバーの雰囲気は好きで、酒飲みに付き合うのも嫌いではなかった。ただ、今日の話題は酒の肴にしては重すぎた。男と女の、どうにもならない顛末で、私はただ相づちを打つだけ。たった2杯のカクテルで、私の眼は据わっていた。
ドラマや小説ならよくある話だが、身近に当事者がいることは滅多にない。ところが今夜は作り話ではなかった。好奇心が半分。そして、自分が彼女に何もしてやれない、というもどかしさが半分。
2時過ぎに部屋に戻った。いつもならとっくに眠っている時間だ。しかし今夜は落ち着かない。胸の奥底がざわついている。人の悩みなど、と割り切っているつもりだ。きっと、酔っているせいだろう。
テーブルの上の煙草を見つけた。あの頃、煙草を吸うと言えば、こんな気持ちを落ち着かせるためだった。1本抜き取り、火をつけた。ゆっくり吸い込み、ゆっくりと吐いた。煙の行方をぼんやりと眺める。それを数回繰り返して、自分を取り戻した。ただ、そばにいてやる。それだけで気晴らしにはなるかも知れない。そう思うと、すこし気分が静まった。
煙草を潰した。ゴロワーズより軽かったが、やはり不味かった。
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