あの世について
朝起きて、ふらふらしつつラフを仕上げて送信。そして薬を飲んでベッドに逆戻り。耳障りな音を遮断するためテレビも消して、ひたすら熱と咳と戦った。後で洗濯するときにわかったんだけど、汗にぬれたシャツを着替えること10回くらい。
朦朧とした意識の中で、死について考えた。若い頃はね、病気で倒れても、元気になったらアレやろう、これもやりたい、どこから手をつけようかなんて考えたものですよ。でもねー、最近は、「俺って死ぬときもこんな風に寝てるのかなあ」って感じでね。弱気ったらありゃしない。
朦朧とした意識の中で、死について考えた。若い頃はね、病気で倒れても、元気になったらアレやろう、これもやりたい、どこから手をつけようかなんて考えたものですよ。でもねー、最近は、「俺って死ぬときもこんな風に寝てるのかなあ」って感じでね。弱気ったらありゃしない。
そんなときに思うこと。
「あの世を発見した奴は凄いなあ」ってこと。
ゼロの発見と同じくらい凄いよ。
俺は宗教が固定されていないけど、あの世の存在は信じるよ。信じるから、発見した奴は凄い、なんだ。作った、じゃないんだよ。あの世はある。その概念のおかげで、人々は救われ続けてきたんだよね。
例えばね、こどもの頃、死ぬってことは怖かったでしょう。で、今はどうかというと、こどもの頃ほど怖くないんだね。なんでかっていうと、先にいろんな人があの世に行っちゃったから、自分があの世に行っても寂しくないんだよ。
でもさ、こどもの頃、死ぬってことは、自分の人脈すべてを失うってことでしょ。あの世に知り合いなんていないもんな。だから死が怖いんだ。知り合いがいないところにひとりで行かなくちゃいけないからね。死の恐怖の正体は寂しさなんだと思う。
でもさ、今の自分にとって、けっこうあの世に知り合いが多いんですよ。可愛がってくれたおじいちゃんとかさ、友達も何人か先に行っちゃってるしね。好きだった芸能人も作家も行ってるね。みんなあの世で活躍してるだろうな。死ねばこの世の人との別れがある。それは辛いけど、あの世で会える人との再会も楽しみだ。この傾向は、年を取れば取るほど強くなっていくだろうな。だって、この世よりも、あの世のほうが知り合いが多いんだもの。この世に未練なんかないさ、みたいな境地になるんだろうな俺も。
こう考えると、あの世の存在ってものすごく精神的に救われるんですよ。そして、あの世で再会することを考えると、この世の人を大切にしようって気持ちにもなってくる。だってみんないつか死ぬじゃない? てことは、いつかあの世で再会するわけですよ。再会したときに気まずい思いをしたくないじゃない? だったらこの世で共に生きていく人を大切にしよう、と思うわけですよ。そういう境地になると、この世を大切に生きていこうと思うようになる。あの世も楽しみだけど、この世もすごく大切になってくる。
あのね、ワタシ、2年前に犬を飼いました。でも犬の寿命って10年前後なんですよ。長くて15年か。そう考えると、どう考えても自分より先に死ぬよコイツ。死んだら悲しいよー。つらいよー。それが辛いからペット飼わないって人もいるでしょう。でもそれって、あの世を考えると辛くない。
むしろ、先にあの世で待っててくれると思えば、いま、ものすごく愛しいわけですよ。優しくしてやろう。楽しくしてやろう。天寿を全うさせてやろう、ってね。そしたら、あの世で再会したら、楽しいペットライフの続きができるんですよ。
ペットを飼う人は、それも考えて飼えばハッピーになれますよ。だから、たぶん今の犬が死んだら、また次の犬を飼うだろうな。そうすると、あの世の俺は愛犬に囲まれてすごく幸せなんですよ。ペットシーツの消費は倍になっちゃうかも知れないけどさ。
これを人間同士の関係に置き換えるとね、夫婦だって親子だって死に別れるときが来るんです。いつか別れるときが来るとわかって犬を飼うことと、いつか死別すると定められているのに結婚する、という意味に何の違いがありましょうか。ましてや愛しい我が子と永遠にこの世で生きていけるわけがない。
でも、あの世で待っていれば再会できるんですよ。だから親はこどもを愛で、大切に育てるわけですよ。あの世で再会したときに、おかげでよい人生を送ったよと言ってもらうために、きちんと教育してあげたい、と思うわけですよ。
結婚しなくてもね、恋愛だってそうなんですよ。別れる時が来るとわかっても付き合っちゃったりね。でも、いつかあの世で再会すると思えば、やっぱりきれいに別れておきたい。良い思い出をたくさん残しておきたいですね。恋愛だけじゃなくて、友達とかね、近所づきあいとか。たまたま電車に乗り合わせた人とか。もしかしたらあの世で縁があるかも知れない、と思えば、相手を尊重する気持ちになります。
だってね、わだかまりを残したまま先に行かれてご覧なさい、三途の川の向こう岸で上陸を邪魔されちゃうかも。あの世で仲良しグループを組織して、いじめられちゃうかもしれない。
そう考えると、人々の心の中に「あの世」があるって概念は、この世を居心地よく生きていくための知恵なんですね。だからほとんどの宗教にはあの世の概念がある。天国とか、極楽浄土とか。まあ、生まれ変わるって宗教もあるんだけどね。この世で失敗すると、次に生まれ変わる時は虫になっちゃう、みたいなね。これはよくわかんない。でも、上級生命体に生まれ変わりたいなら、正直に正しく生きなさい、っていうのは、ある意味「あの世」の概念に近いね。あの世ではなくて「次の世」なんだけども。
まあ、そんなわけで、あの世にいけると思うと、死ぬってそんなに悪くないな。と思います。でも、あの世で楽しく過ごすためには、この世でたくさんの人と知り合い、たくさんの人をハッピーにしたほうがいい。この世の暮らしが充実していれば、あの世のくらしも楽しくなるんです。だからやっぱりこの世が大事なんですね。そういう風に気持ちを前向きにしてくれるチカラがあの世。これ考えた奴ってすごいよマジで。誰?
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